明智光秀にも困ったもんだ
明智光秀にも困ったもんである。明智光秀が本能寺の変をやらなかったら、ひょっとしたら現在の首都は滋賀県で、日本最大で絢爛豪華の安土城は日本のシンボルだったかもしれないからだ。
安土城の焼け落ちた現在の滋賀県安土町は、片田舎のしょうもない街に成り果てている。小さな駅、寂れた町並み、インスタント・バテレン感あふれる外観の安土城考古博物館。神戸ルミナリエの100,000,000倍さびしくなる、ものすごい手作り感の駅前イルミネーション(期間限定)。あとは、なーんにもない。日本の歴史語る上ではずせないはずのこの街は、その大きな有名性と現状のどうでもいい性とのギャップに苦しんでいる。
だいたい、三重県にある伊勢戦国時代村に安土城(模擬)がそびえ立っているのをなんとも思わないのだろうか。
歴史上正しい位置にある、あの先、あの山間に、目にもまぶしい朱に塗られた原寸大の安土城が建っていて欲しい。
絵はほとんど関係ないですが、一応和風の絵。
« なんだかわからない絵 | トップページ | 幹事長はあれから朝昼食を取っていないのだろうか »
コメント
この記事へのコメントは終了しました。
おはようございます。
まったく、光秀には困ったものである。本能寺の変をやらなかった歴史のifはともかく、安土城が残っていたら、姫路城、松本城が霞んでしまう城だったろうに・・・。最低でも国宝、ほぼ間違いなく世界遺産、城下町が残っていれば修学旅行は奈良京都ではなく京都安土が定番だったろうに・・・。
一度行こうと思ったが、何にもないんで止めました。・・・でも安土城、焼いたのって信長の息子だったような・・・。
投稿: さなだむし | 2004.05.17 06:34
こんばんわ。
あちゃー息子ですか。息子が焼いてしまいましたか。やっぱりヤンキーの子はヤンキーということでしょうか。
すいません、偏見です。
まぁ何が納得いかないというとやはり伊勢戦国時代村ですよ。
投稿: elma | 2004.05.17 22:54